幻想世界神話辞典 〜
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イランという呼称はかなり古い時期の語根から成ったもので「アーリヤ人の家」の意。ペルシア、ペルシャとはギリシャ語の異民族側の呼称である。 イラン人の祖先は、紀元前5000年頃東ヨーロッパ地域から各地に移住したインド・ヨーロッパ語族のうち東へ向かったものが、紀元前2000年〜1500年頃、インドへ定住したアーリア人の一部で、途中でイランの地にも定住し、継続的に移住してきたと考えられている。彼らは豊かな口承伝説を持っており、のちのザラドゥシュト(ゾロアスター)教のアヴェスタに残された。 彼らは太陽や天空を神々ととらえたり、火の崇拝などの儀式で他のヘレネス、ローマ、北欧へ行ったグループと共通する宗教を持っていたと考えられている。言語の類似性も立証され、近いところでは スラブ地域やインドの神々とイランの古代の神々の名前が共通していることで立証されている。 イランでは歴史的な大宗教が誕生した。紀元前1400年頃から記録に残るザラドゥシュトまたはザラスシュトラ(ゾロアスター)教は、その後のイラン王朝、アケメネス朝(紀元前549年頃〜331年)、パルティア朝(紀元前2世紀から紀元後224年)、ササン朝(224年〜642年)の国教となった。東は現在のアフガニスタン、パキスタン地域、西は現代のイラク、最大でパレスチナやトルコまでの広大な地域に1000年以上の間信仰された。その後、イランの支配者がムスリムとなり、ザラドゥシュト教は衰退した。国家宗教の悲しさである。その後、現代までイスラームがイランの宗教となる。 しかし若干のマズダヤスナ(「アフラ・マズダーを礼拝する者」の意)は迫害されながら、中世のパフラヴィー朝になり自由を与えられた。このパフラヴィーの時代にザラドゥシュト教のマギ(祭司)たちは信仰をまもるため、文献の作成、編集作業をおこないアヴェスタなどが残された。また後世の有名な英雄叙事詩シャー・ナーメ(「王の書」の意)もこの時代に書かれた「フワダーイ・ナーマグ」を翻訳・編纂したものである。 その後、トルコ系のセルジューク朝(1038〜1194年)のスンニー派のスルタン(イスラームの世俗的支配者)の支配化になった。 その後、東方イスラム世界は、1217年、1256年には内陸アジアからモンゴルの侵攻、さらにティームール朝(1336〜1405年)の軍事的征服者に一時破壊された。 14世紀になり、イスファハーンのサファヴィー朝(1501〜1732年)が起った。19世紀にはヨーロッパの各帝国がイスラームの国々の多くを支配するの時代になったがトルコとイランだけは独立を保った。 イスラームの長い統治下にあってもイラン独自の少数派の宗教が存在していることは、そしてその集団がなんら政治的・軍事的・経済的な力の背景なしで存続していることは、イスラームの寛容さのひとつともいえよう。 イランには目上の人や、先輩の前では正座で座る礼儀作法がある。日本と共通した点があるのは興味深い。 関連項目一覧
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